夏の夜半過ぎ、明るい月が西に傾くと、東の空には低くオリオン座が姿を現す。月のまばゆい空だけれど、明るい星々は際立ってかがやいて見えた。

遠くの星がちかちかと明るさを強めたり弱めたりするのを見て、ふと気がついた。そういえば星はまたたくものなのだ。

子どもの頃から本を読んだり絵を描いたりするのが好きで、早いうちから近視になった。眼鏡をかけた日、世界が明瞭に見えて、普通の視力の世界とずいぶん遠ざかってしまった自分を知った。残念だったのは、空を見上げた星空が、遠くにぽつぽつと白い光が散らばっているだけで、美しいとは思えなかったこと。母に「眼鏡では星のまたたきは見れない」と言われて、寂しい思いをしたものだった。

コンタクトレンズに替えてもなお、星のまたたきには気づくことがなかった。けれどその夜は不思議と、星々の光ははっきり強弱して見えたのだ。

あとから調べてみると、星がまたたくのは、大気の層が揺れ動いているときに光が屈折することによるのだそうだ。かならずしも裸眼ではなくても、大気のぐあいによっては、ちかちかとまたたく星が見えるものなのだ。

いろんな音楽の歌詞をとおして、星はキラキラとまたたくものと知っているのに、もう何年もこの田舎の空を見上げて、天の川を撮ろうとにらめっこしてきたのに。星がこんなふうにきらめくということを、しみじみと感じたのは、その夜がきっと初めてのことだった。

秋のはじまる頃、空はすっと高くなる。よく晴れた夕暮れ、色彩が響き合う空には、この季節独特の美しさがある。

やがて東の空からのぼってくる月は、宵の空を明るく照らす。帰りが遅くなった田舎道、月明りに空はうっすら青みがかって、地平の入道雲が明るく浮かび上がる。

こんな美しい風景も、足をとめて立ち止まらないと、気づくこともなく過ぎていってしまう。

星はまたたくもの。東京のあの、公園のそばの小さなアパートのベランダからは気づかなかったこと。田舎に帰ってきてさえ、ずいぶん長らく気づかなかった。

ねえ、星はまたたくものって知っていた? それをじっくり眺めたことはある? そんな会話をしたくなった夜の空。草を待っているヤギたちが、かろうじてそんな私のそばにいてくれたのだけど、彼らきっと星のまたたきには、興味はなかったと思う。